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数学の補足3ーチェインルール(合成微分)とは

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「数学の補足1ー微分」で、オンライン広告のクリック数と売上の関係を考え、売上の最適化を考えました。たしかに売上がクリック数に応じて増えるという因果関係があるのは明確であり、売上とクリック数について考えるのは自然なアプローチです。しかし収益を最適化するという観点でより本質的な問いは、「広告費という投資がどれだけの売上をもたらすか、すなわち費用対効果(ROE: Return Of Investment)」です。

たとえば、広告費を2倍にしたら売上も2倍になるのか、それとも1.5倍にしかならないのか。この違いは事業戦略に影響を与えます。したがって、「クリック数」と「売上」の関係に加え、「広告費の増加」に対して「売上がどれだけ増えるか」を、段階的に分解して理解する必要があります。そこで登場するのがチェインルール(合成微分)です。

目次

因果関係の分解

広告費と売上の関係を、段階を追って整理してみましょう:

  1. 広告費を増やすとオンライン上で表示される広告の数が増加
  2. 広告の増加とともに、より多くの人の目に止まり、クリック数が増加
  3. クリック数が増えると、より多くの人がホームページに誘導され、売上が増加

このように、広告費と売上の間には、1、2の2つの因果関係が、クリック数を経由してつながっていることがわかります。

広告費と売上の微分の関係

これらの因果関係を数学的にモデル化するために、広告費  A、クリック数  n_C、売上  S の関係を段階的に分解して考えます。以下の手順で微分を進めることで、広告費が売上に与える影響を定量化できます:

  • 広告費とクリック数の微分
    広告費  A を1円増やしたとき、クリック数  n_C がどれだけ増加するかの増加率:
     \displaystyle \frac{\mathrm{d}n_C}{\mathrm{d}A}
  • クリック数と売上の微分
    クリック数  n_C を1増やしたとき、売上  S がどれだけ増加するかの増加率:
     \displaystyle \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}n_C}
  • 広告費と売上の関係を求める
    広告費を1円増やしたとき、売上がどれだけ増加するかの増加率。上記の2つの微分を掛け合わせる:
     \displaystyle \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}A} = \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}n_C} \cdot \frac{\mathrm{d}n_C}{\mathrm{d}A}

合成微分の導出

「数学の補足1ー微分」で紹介した微分の定義を思い出してみましょう。ある関数  f(t) の微分は次のように定義されます:

 \displaystyle \frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}t} = \lim_{\Delta t \to 0} \frac{f(t + \Delta t) - f(t)}{\Delta t}

ここで、  f(t) t の間に、もう1つ別の変数  x を経由させる場合を考えます:

 \displaystyle f(t) = f(x(t))

たとえば、  f(t) = t^2 + 2t + 1 とすると、この関数は次のように分解できます:

 \displaystyle x(t) = t + 1
 \displaystyle f(x) = x^2

このように  f(t) x を通して  t に関連付けられています。ここで、  f(t) の微分を計算する際に、この変数  x を経由して見ましょう。

微分の定義式を次のように書き換えます:

 \displaystyle \lim_{\Delta t \to 0} \frac{f\left(x\left(t + \Delta t\right) - f\left(x\right)\right)}{x\left(t + \Delta x\right) - x\left(t\right)}\frac{x\left(t + \Delta x\right) - x\left(t\right)}{\Delta t}
第一項の分母と第二項の分子は同じ値なので、実際は上の微分の定義式と何も変わっておらず、形式的に  x を仲介しただけです。さらに x(t + \Delta t) - x(t) \equiv \Delta xとおくと次のようになります:
 \displaystyle \lim_{\Delta t \to 0} \frac{f(x + \Delta x) - f(x)}{\Delta x}\frac{x(t + \Delta t) - x(t)}{\Delta t}
 t を0に近づけたときに  \Delta x も0に近づくので、第一項は  f x に関する微分の式になっていることがわかります。したがって、 f t に関する微分は
 \displaystyle \frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}t} = \frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d}x}\frac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}t}
となります。以上が、数学的にはややいい加減ではありますが、チェインルールの導出になります。

広告費クリック数の関係

準備ができたので、広告費と売上の関係を調べて見ましょう。基本的には広告費  A を増やせばクリック数  n_Cも増えると考えられますが、一方で、どこかで頭打ちしてくるはずです。このような関数として、以下のような単純なケースを考えてみましょう:

 \displaystyle n_{\rm C} = \sqrt{A}

この場合、 \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}n_C} = \frac{a}{n_C}

広告費と売上の関係

「数学の補足2ー偏微分」で、売上とクリック数の関数を以下のように定義しました。
 \displaystyle S = C \cdot SPC~ \lbrack Y \rbrack
 \displaystyle C = n_{C0} \sqrt{1 + \frac{n_C}{n_{C0}}}~ \lbrack C \rbrack

 SPC 売上の価格  P に対する依存性でしたが、ここでは簡単のため、価格は一定とします。売上  Sの広告費に関する微分はチェインルールにより、

 \displaystyle \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}A} = \frac{\mathrm{d}S}{\mathrm{d}n_{\rm C}}\frac{\mathrm{d}n_{\rm C}}{\mathrm{d}A}
となります。第一項は「数学の補足2ー偏微分」で求めました。第二項は、クリック数が広告費  A の関数として
 \displaystyle n_{\rm C} = \sqrt{A}
と簡単に表されるとすると、
 \displaystyle \frac{\mathrm{d}n_{\rm C}}{\mathrm{d}A} = \frac{1}{2\sqrt{A}}
と計算されます。これにより、広告費を増やすことで売上がどのように変化するかを定量的に評価できるようになりました。

結論

合成微分(チェインルール)を用いることで、広告費という「間接的な変数」が売上にどのような影響を与えるかを明確に理解できます。これにより、広告戦略を練る際に、費用対効果を最大化するためにより合理的な意思決定が可能になります。

ディープラーニングでの活用については「逆誤差伝搬法とは?購買計算による学習の仕組み」をご参照ください。


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